2012年05月17日

気楽さをもっと

生きる上で、ある程度の


 ― 気楽さ


って、大事なことだと思いますね。決して「いい加減」ということではありませんね。



「気楽さ」とは、いいかえれば、


 ― 物事をあまり難しく考えない


ということでしょうかねえ・・・。 



わたしなんかは、振り返ってみると、

多分に物事をむずかしく考える癖がありましたね。

最近は、おかげさまで大分反省して思い方を切り替えました。

そういう癖は割に合わんと分かってきましたからね。



幕末の偉人、黒住宗忠翁のお歌に、

 
 ― むつかしく思う心ぞ地獄なれ  安くうれしく心ごくらく


というのがあります。


先のことをあれこれ考えて、「ああなったら大変だ、こうなったらどうしよう。」


こうして、

大事なエネルギーを無駄に消耗している人が、

ほんとにいっぱいいらっしゃるようですね。

 
 
 
 ― 「言葉通りに成る」 「思いは実現する」


これが厳然とした宇宙法則であるとすれば、

あまり心配すると、その通りのことが

実現してしまうということになるわけです。

どう見ても、これは得策とはいえません。


ですから、反対に物事をあまり大変に考えないとか、大丈夫だとか、

何かにつけてそう思う癖をつけるって大事な事だと思いますね。


 ― 大丈夫! なんとかなるさ!


こういう口ぐせ、思い方はこれからほんとうに必要になってくると思いますね。

いましばらくは見通しの効かない世の中が続きそうですから・・・。




気楽になれない主な原因は、


 ― 執着心


かなあ・・・。


これを全部捨て去れ、なんてどだい無理。

でも、 少なくすることはできそうです・・・。

少しでもそれができれば、それだけ楽に成れるはず。




先の黒住翁のお歌は、事あるごとに思い出して

繰り返すときっとご利益があるとおもいますね。




 ― むつかしく思う心ぞ地獄なれ  安くうれしく心ごくらく




天(神さま)の善意を心底から信じるってことですかね。

 ― 天は決して悪いようにはなさらない

そう信じること・・・。



その気になれば、出来ないことではありませんし、

これほど遣り甲斐のあることもありません。




ありがとうございます。
  

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2012年05月14日

足を運ぶ

わたしの知人のAさんは、もう80歳を超えている男性です。

この方は、営業一筋でやってこられた方で、

今は引退されて、悠々自適の日々です。



Aさんから時たま若い頃の経験談をお聞きすることがあります。



Aさんは30代初めのころ、ある事情で失業していたのですね。

見かねた奥様の口利きで、奥様の実のお兄さんが経営している機械部品の製造会社へ

入ることになったのです。



製造会社といっても、ほんとに小さな町工場。社長と奥さんと2,3人の従業員だけ。


大手企業の孫請けで、単価も叩かれて、

材料の削りくずを売って利益に当てるといった状況でほんとうに

細々とやっているような会社だったそうです。



さて、この会社に入ってしばらく仕事をしているうちにいろいろなことが

見えてくるのですね。

一番強く思ったことは、このままではいつになっても、会社は楽にならない。

ということでした。



そこで Aさんは、一念発起。

 ― 大手の孫請けを脱却して、イッパシの会社にしてみせる

そう決意したそうです。



そして、ほとんど一人で営業開拓をして、ついに30年かけて

この目標を達成したのです。

今、その会社は、全国の大手企業を顧客に持つイッパシの会社として

存続しています。



その間のAさんの苦労は並大抵ではなかったようですね。

その苦労話には、いろいろと教えられることがいっぱいありますし、

生きる勇気をいただけるのですね。



以前、Aさんがしみじみと語ってくれた話があります。



Aさんには、何の伝手もないのですから、飛び込みの営業だったそうです。

ある大手企業の購買部を訪問したときのこと。


女性事務員に名刺をさしだして、そこの購買部長への取次ぎを頼んだのですね。

事務員が部屋の一番奥の席にいる男性に近づき名刺をわたして、Aさんの意向を

伝えたのでしょう。



その男性は、チラッとAさんを見たのですが、次の瞬間、その名刺を床に放り投げて、

知らん顔をして自分の仕事を続けていたのだそうです。


その女性事務員は申し訳なさそうに、床に落ちた名刺を拾って

Aさんのところにもどってきたそうです。

「今、間に合ってるので用はない、って言ってます。ごめんなさい。」



Aさん、「このときほど腹の立ったことはない・・・。」と述懐していましたね。

ですが、

ここからが、Aさんのすごいところ。


「よし、向こう一年間だけこの会社に足を運んでやろう。それで駄目なら諦める。」

そう決心したんですね。



以来、Aさんは、毎月必ずその会社に顔を出したのですね。

別の用事で近所に行ったときにも、必ず寄って挨拶をしてくる・・・。

そのたびに、名刺を突っ返されていたそうです。



ただ、その女性事務員は好意的に接してくれて、

仕舞には世間話をするようにもなったのですね。



そんな状態でちょうど一年が過ぎたとき。

Aさんは、

「あの会社を訪問するのは今日を最後にしよう。

 『お世話様でした。』と挨拶だけでもしてこよう。」

そう思って、その会社に足を運んだのです。



しかし、その日はいつもと様子が違う。



その女性事務員がニッコリしながらAさんを別室に案内したのですね。

「部長が、Aさんにお話があるそうです。」

と言いながら・・・。



しばらくして、件の部長が脇に分厚い書類の束を抱えて、

部屋に入ってきたのです。



「購買部長の○○です。
 わたしは、あなたにお詫びをしなければ成らない。
 いままでの非礼をどうぞお許し願いたい。申し訳ございませんでした。

 あなたが確か3度目にお尋ね下さったとき、わたしは密かに

 『この男を試してみよう。一年間足を運んできたら、仕事をだしてやろう。』

 と、そう思ったのです。

 あなたには感服しました。 よく一年間もめげずに通われましたね。
 

 ここに必要な図面が全部用意してある。全部あなたに任せするからよろしくお願いしたい・・・。」



Aさんは、これを聞きながら

「涙が出て涙が出てしかたがなかった。」

と、しみじみ話されていました。




 ― 足を運ぶ


そこには不可能を可能にする何か偉大なものが秘められていると思いますね。


Aさんのような事例ばかりでなく

過去無数の人々が、

人生の苦難に直面したときに、

 ― 足を運ぶ

ことによってその窮地を脱した話は枚挙に暇がありません・・・。




お百度参りや

墓参

神社への日参や月参りなどにしても、「単なる迷信さ。」と言って一笑に附せるものではありません。




 ― 足を運ぶ

そこには人の心の「誠」を引き出す何かがあるのですよ、きっと。



「その誠に天が乗る・・・。」のです。



長くなってしまいましたね。

最後までお読みいただきありがとうございます。




ありがとうございます。  

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2012年05月12日

人間関係

生きていく上で、

多かれ少なかれ誰もが悩むことが

 ― 人間関係

でしょうねえ。


でもまた、これほどありがたいものもない。

人の幸せの多くは、人様を通じてもたらされるわけですから・・・。



先日、わたしの先輩の思い出話をお聞きしましてね。

そのことをちょっとお話します。



その先輩を仮に Yさん とします。



もう10年以上も前のお話ですが、

あるとき、Y さん は 親友であり同僚の K さんと二人で大阪へ出張したそうです。


新幹線の車中で、まあ四方山の話になるわけですが、

そのときに、たまたま別の同僚の Tさんの話になったのですね。



Y さんは日ごろから Tさんに対して仕事のことや、その態度などに

不満を募らせていたらしい・・・。



Y さん、待ってましたとばかりに、Tさんへの不満をぶちまけたのですね。

「あいつは、他人の欠点ばかり見つけて、中傷ばかりしている・・・。」

と言って、いろいろあったことを親友の Kさんに話し続けたそうです。


しばらく、じっと聞いていた Kさんは、正面切って、でもあっさりとこういった。


「 おまえにそっくりだよ! T の奴は・・・。」



Y さんはこれを聞いて、

思いもよらないその言葉に愕然としたのだそうです。



「頭をガツンと殴られたような衝撃であったが、

 妙にそのことを納得しちゃったんだなあ・・・。」



さて、Y さんは冷静になって自分を振り返ってみて

確かに自分にも、T さんと同じ癖があると悟ったそうです。


「自分は、周囲の人間の欠点ばかりが目についてしまう。

 で、それが見えれば、一言二言文句も言いたくなる・・・。

 そんなことの繰り返しでずうーっとやってきたが、そんな自分の癖も

 人から指摘されないとわからないものなんだねえ・・・。」



このとき以来、Yさんは、


「人の欠点はできる限り見ないように、無視するように、忘れるように。

 そう努めてきた。」

そうですが・・・、

「そう思って、そのように努めれば努めるほど、ますます人の欠点が気になってくるんだねえ。」

こうして長い間悶々としてきたのですね。



誰の人生にも「転機」というものがあるようです。



わたしは2、3年ほど前から

「Y さんの表情がとても良くなったなあ」と確かに感じていたのですね・・・。
  
柔和になったし、笑顔が増えたし、人の話をじっくり聞いてくれるし・・・。



このあたりの変化につて、Y さんに聞いてみたのです・・・。



「ちょうど、その頃だと思うよ。

 あるとき、ふっと思わされたんだねえ。

 『他人の欠点を見ないようにしよう!』とすることは、

  結果的に 他人の欠点をみることになってしまうのだって。」 




「でね、やり方を変えたんだ。

 『人の欠点が見えてしまう』という自分の癖はしかたがない。それはそれで結構としよう。

 それよりもむしろ積極的に、

 努めて相手の長所、美点、良いところをさがすようにしよう!

 努めて相手の長所を見るようにしよう!

 どんないやな人間、嫌いな人間にも必ず良いところがあるはずだから・・・。」




先日は、よいお話を聞かせいただいたなあ、と思ってこの記事を書いてます。

Yさんのニコニコとした幸せそうな笑顔を思い出しながら・・・。




ありがとうございます。
  

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2012年05月10日

猫寺

福井県の越前市に、

 ― 御誕生寺 (ごたんじょうじ)

というお寺さんがあります。



猫のいっぱいいるお寺として結構有名らしいですね。

先日朝のテレビでその話題をやっていて、それをたまたま見たんです。



そのお寺のご住職さまが大変に猫好きで、あるとき捨て猫を2,3匹ひろってきて

お寺に置いて面倒を見始めたのだそうです・・・。

なんと、それから猫がどこからか集まってきたり、参詣者がつれてきたりで、

今は30匹くらいいるのでしょうか・・・。



猫のいる光景がいかにもゆったり、のんびりしていて、

その光景をみているだけでもう癒されますよー。



ここのご住職さんは、

板橋宗興老師 といって、禅の曹洞宗の重鎮です。

以前、金沢の知人が、この老師の在家のお弟子さんだったんですね。

それで、お名前はお聞きしていました。


曹洞宗の管長や、横浜は鶴見の総持寺の貫首などを歴任された方で、

その知人は板橋老師を大変に尊敬されていました。




板橋老師のお言葉の中に、


 ― 愚痴を愚痴る


というのがあるんですね。


日常の生活では、

物事が上手く行かなかったりすると、ついつい愚痴が出ますねえ。


「愚痴がいけない。」


のは、愚痴について、いつまでも、、「ああでもない。こうでもない」と考えること。

愚痴についてグチグチ考えることが心を暗く、重くする大きな原因のようです。


煩悩というのはグチグチ愚痴ること。グチグチする、まとわりつく考えですね。

そこで愚痴をなくそうと思う。
 
愚痴というのは言葉で繋ぎますから

このグチグチとまとわり付く思いを断ち切るには

愚痴についての言葉をつなげないことがコツだそうです。



愚痴の言葉を繋げない。



どうしたらよいか?その方法を、板橋老師はこうおっしゃる。


「自分の持ち言葉を念じること。」




持ち言葉は、「なんまんだぶ」でも、「なむみょうほうれんげきょう」でも、「ありがとう」でも、自分の気に入ったものなら

なんでもよい。

その持ち言葉を心で唱え続けると愚痴でなくなるわけですね。
 
つぎつぎ考えこまないことが大切なんだそうです。

つまり、思いの切り替えとでもいいましょうか。



老師はこうお話をされます。


「私がよくみんなに言うんですが、

夜、ご主人の帰宅を待ちわびている主婦は、『亭主は今頃飲んでるのだろう。

若い女の子たちとキャーキャーやっているんだろう』と、こう思うと、もういたたまれん。


私はご飯も食べないで、お風呂も沸かして待っているのに、

その時に女の人に助けられながらヨロヨロになって玄関から入ってきたら、皿など飛びますね。

イライラしているんですから。


その時に、『亭主のバカ、亭主のバカ、バカバカ・・・』バカを口ずさんでいるんです。

その間にいつの間に『バカバカ、なんまんだぶ、バカバカ、なんまんだぶ』、

『なんまんだぶ』を途中でチョコチョコ入るようになります。

で、心が落ち着くんですね。


その時に、『ただ今』というと、『あらぁ、遅かったね』と、こうなるんですね。」

 
 ―愚痴の 言葉を繋げない



マイナスの思いを切り替えて、プラスの明るい思いに切り替える方法が知られて

よいお話だなあ、と思うのです。
 


ありがとうございます。
  

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2012年05月08日

言葉の力

良くも悪くも

 ― 言葉には人生を左右する力がある

といつも思っています。


ここで言う言葉とは、広義の言葉です。

文字だけでは無く、風景・映像・絵画・彫刻等々も、音楽・自然の響き・雑音等々も含みます。

それと、自分の心の中で自分がつぶやく言葉、まあ「思い、感情」ですね。

これらも大きな影響力があるようです。




心に取り込んだすべての言葉は、チャンネル合わせの予約になる・・・。




もしマイナスの番組を見たく無いのであれば、

心の中のマイナスの言葉を消し去って、予約を取り消せば良いのです。



運命(命を運ぶ)を前向きにする為には、プラスの言葉を駆使しなければ

ならないのですね。



過去にマイナスの言葉を使いすぎた為に、心もマイナスに向いていて、

運命もマイナスに向いているという人はこの世には多いのです。


そういう人にとっては、心もなかなか明るくならないし、

運命も希望通りには運ばないのですね。


だからといってプラスの言葉を使わなかったら、

ブレーキの効かない車が坂道を転がり落ちるように、

加速度的に運命は悪くなってゆくのです。




不運を嘆いているだけでは、決して幸せになれないですね。

またこの世に幸せを探し求めているだけでは、決して幸せも実現して来ない・・・。



先ず心の中の運命のフィルムを、幸せな状態に変えなければならないですね。

この世の運命はすべて、心の中に形成された運命のフィルム通りに、投影されて実現してくるからです。

運命のフィルムは、心に受け入れたものによって形成されるのです。


心の中に何を受け入れるかは、

自分自身が取捨選択して、すべてを決定しているのです。



無防備に何でも受け入れる場合も、自分自身が心の門戸を開放しているからということになるわけで、

その辺に気を配ることは

とりもなおさず、各人の大事な責任なんでしょうね。



ありがとうございます。  

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2012年05月06日

五行のことをもう少し・・・

前回に引き続き、せっかくですから

 ― 五行

のことをもう少し書いてみますね。



五行思想では、この世の様々なことをみんな「五つ」に分類しちゃうんですねえ。


そうしてその様々な「五分類」を基に、この世の中の成り立ちをを解釈していくのです。


もしある人が、そのようにして、「五行」を極めていくと

そのひとは、この世界、世間、大自然にたいして


 ― 五行的な見識


を持つようになる・・・。


それは、生きていく上でとても貴重な指針となるわけです。

古来多くの人々が陰陽五行思想の研究に打ち込んできたことも

故なしとはしないところですね。



では、五行の分類を少し具体的に見てみましょうか。

下記の表は、「五行配当表」 または 「五行色体表」と言います。




五行     木     火     土     金     水

五方位    東     南     中央    西     北

五季     春     夏     土用    秋     冬

五色     青     赤     黄     白     黒

五臓     肝     心     脾     肺     腎

その他に、五腑、五味、五位、五気、五支、天干(五干)、五官、・・・

等々があります。

それぞれ縦横に関連があって深い意味が込められているのですねえ。




五行の左端に「木」とありますね。

これを下にたどると、「東」「春」「青」・・・となっています。

東は朝で、「早い、新しい、若い・・・」などの意味がありますね。

春は四季の一番初め。五行では色に「青」を当てていて、

人生の初期を「青春」と言っているのは、ここから来ているのです・・・。
 


また、こんな話があります。



ある漢方医の大家は、弟子たちに

この「五行配当表」を徹底的に叩き込むそうです。

漢方の診断と治療はすべてこの表をもとに行われるわけですから

当然の指導法なんでしょうねえ。



上記の表の「五臓」は、

左から、肝臓、心臓、脾臓、肺、腎臓 となっています。



これは、

肝臓が健康なら、心臓が元気。それは脾臓を生かし、脾臓の健全が肺の活力を生み、

肺が丈夫なら、腎臓の健康となり、健全な腎臓が肝臓の活性化を生む・・・。




この逆の循環は、身体の不調となって現れてきます。

つまり、肝臓の不調は、心臓の不調となり、それは脾臓に影響して・・・

となって行くのですね。



身体の各部位もすべて五種類に配当されていますから、

その部位の異常を見て、内臓の不調等が推察できるというわけです。



たとえば、顔色がすぐれず青白いとすれば、

顔は、「火」に属するので、同じ「火」に属する臓器の「心臓」に

何かの不調があるのでは・・・。と判断するといったように、ですね。




「五行思想」というものには、すばらしい叡智が隠され埋もれているようです。




この叡智は現代においてもその輝きを失っていないと思いますね。




 ― 多くの人々がその真の価値に気づいてほしい




そう熱望しているのは、

他ならぬ「陰陽五行思想」自身かもしれません・・・。




ありがとうございます。  

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2012年05月04日

五行のこと

昨日は、時間があったので、本を読んでいました。

 ― 「五行(ごぎょう)」

についての本です。



「五行」って、古代中国に生まれた思想、「五行思想」のことですね。




方鑑学は、方位を活用して人生開運を計る学問ですが、

根幹となる哲学は「易経」です。つまり、「陰陽思想」です。


が、ある意味 その「易」 よりも、もっと方鑑学の土台を為している考え方、


それが、

 ― 五行思想

ですね。


で、この二つをあわせて、「陰陽五行思想」と言います。



陰陽師(おんみょうじ)安部晴明で有名な

「陰陽道(おんみょうどう」は

この思想に基づいているのですね。そしてまた方鑑学の源流でもあります。



陰陽五行思想は、5世紀ごろ日本に入ってきたようですね。

日本では、時の朝廷が 「陰陽寮」というお役所を設けて、

独自に実践研究を始めたんですね。

そして、政治をはじめあらゆることに取り入れています。

明治初期までそれは続いていたようです。



ですから、「陰陽五行」と日本文化は切っても切れない深い関係がありますね。

神道、仏教、お茶、お花、能楽、相撲、漢方、等々・・・の中に

陰陽五行の思想がふんだんに取り入れられています。



陰陽五行思想は、奥は非常に深いのですが、

理論は単純明快でしょうね。


まず、この宇宙・大自然全体を 太極(たいきょく)と見ます。

それは陰の要素と陽の要素が渾然一体となっているわけです。

その陰と陽をもっと細かく違った角度からながめると、

五つに分類できる、というのですね。

それが、陰陽をそなえた、五行の 「木、火、土、金、水」だよ。ってわけです。




 ― 木(もく)火(か)土(ど)金(こん)水(すい)



陰陽という気の流動は、その中にこの五つの要素が互いに影響し合い、循環しながら、

この世の森羅万象となって生成変化を繰り返している・・・。

と、まあこんな理論です。



方鑑学にはなくてはならない要素の 「九星」 もすべて、五行に分類されていますね。

一白は 正式には「一白水星」で 五行の「水」に属すわけです。

六白は、六白金星ですね。


十干、十二支もしかり、五行のどれかに属しています。




 ― 人間関係


って、日常の会話によく出てきますね。

「Aさんは好きだけど、Bさんとはどうもそりが合わない。」

「Cさんはいつも助けてもらってありがたい人」とか「 Dさんにはいつも悩まされる・・・。」

などなど・・・。



五行にも同様に、

 ― 五行関係

というものがあって、これが非常に重要な鍵になる考え方なのですね。


簡単に言いますと、

相生(そうじょう)の関係、または 五行順理といいます。

相手を生かし、生かされる関係。


相尅(そうこく)の関係、または 五行逆理です。

相手をやっつける、やっつけられる関係。


では、この関係はどんな形で現れるのか、その一端。

たとえば、

土 は 金 を生かす。土生金(どじょうきん)といいます。

金属は土の中から得られますし、

営々と努力する者(土・二黒)は、必ず成功完成(金・六白)に達しますね。


また、金 は 水 を生かします。金生水(きんしょうすい)と言います。

金属は水分を生みますね。

真の金持ち(金・六白)は、質素(水・一白)を尊びますよ。



相尅(そうこく)の関係について。

水は火を尅します。水尅火(すいこくか)といいます。

水は火を消します。


金尅木(きんこくもく)、金は木を尅す、つまりやっつけるという関係。

斧、のこぎり、かんな・・・ですね。


土尅水(どこくすい)。

土砂が水分を吸収し尽くす関係。

また、勤労(土・二黒)は貧乏(水・一白)を追い出しますね!


いかがでしょうか?

なんだか子供だましみたいだなあ、と思われるかもしれませんが、

これがなかなか優れものなのですよ。




この原理をちょっと覚えておかれたら、日本の文化を

もう少し深く楽しく味わえると思いますね。




ありがとうございます。

  

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2012年05月02日

徳を積む

人間の 「徳」 についてまた考えています。

「徳」って何でしょう?

思うに、


徳とは、それが無ければ、幸せにはなれないもの・・・。

徳とは、なんでもお見通しの神さまの愛のプレゼント!


徳のある人は、そのプレゼントを喜んでいただく、感謝して・・・。


「いらないよ!もうたくさんだ。」

そう言って不機嫌にそっぽを向く人もある。

この人は、やっぱり徳を落としているんだろうなあ。プレゼントを受け損なっている・・・。


徳とは、神さまの愛のプレゼント。

じゃあ、その中身は何です?

 ― 日々の人生そのもの



照る日、曇る日。

でも、いつでもかけがえの無い尊い人生。

今という時は、一瞬のうちに過ぎ去って、

未来永遠に返りません・・・。 

今が大切。人生は今の積み重ね。

人生は、神さまから戴いた時間、 愛のプレゼント。


喜んで、感謝して、 戴くか、

「もうたくさん!」 と言ってうつむくか、

どちらを取るのも、あなた次第。



徳は、積むものじゃなくて、積もるもの、だね・・・。


日々どれだけ、喜びがあるか、感謝があるか、

ほんのちょっとしたことでも、

それを喜べば、それはあなたの「お徳」となって、あなたの心の中に積もっていく・・・。



どんなにつらい曇った日でも、

その日にいっぱい大切なことを教えられた・・・。

そのことを感謝して喜べば、それはあなたの「お徳」となって、

あなたの心の中に積もっていく・・・。




 ― 「 お金よりも、その人の 『徳』  がものを言う時代 」


 がもう目の前に来ているようですよ。




ありがとうございます。




  

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2012年04月30日

限界を破る

地球の波動がかなり上がってきているようですね。

そんなことを勝手に思っているんですけどね・・・。

実現のスピードがとても速まっている、と感じます。



先日、ある方のお話を聞いていたんですが、

その中で、

とても興味深いことを言われました。


「ヒンズースクワットって運動があるでしょ。

 ひざを曲げてかがんだら、つぎにまっすぐに立ち上がる。

 これを何度もくりかえす・・・。

 
 これね、誰でも、100回やるのも大変だと考えますね。

 ところが、誰か一人が1000回やって見せるとするね。

 
 すると、そのあとからどんどん1000回やる人が出てくるのよ・・・。


 ひとつ限界が破れることが証明されると、みんなも破れるようになっちゃうのね。」



わたしは「限界を破る」なんてタイプではないし、

過去にも

そんな華々しいことは一つもやったことない人なんですね。

つまり、その意味で相当さえない人です・・・。


ただ、わたしはこの手の話が大好き。


そして、今、

世の中はこういう「不思議」がいっぱい、普通に起こるような時代に

入ったのかもしれない、と感じたのです。



以前から、例の幸島の猿の話は有名ですね。

「100匹目の猿」の話。


今までは、「不思議なはなしだなあ、そんなこともあるんだねえ。」

そんな感じで、適当に受け流されていたようです。


しかし、

これからは、

こういう現象が、世の中のいろいろな分野で頻繁に起こってくると

感じるのです。

いいかえれば、誰でもその気になって試してみれば、

 ― 限界破りが実際に起こせる

ということ。

しかし、12、3年まえまでは、こういうことはとても大変なことだったと思うのですね。




わたしが、ここで言う「限界破り」というのは、

自分の信念とか、思い込みといったようなことを

もう一度良く見直してみよう、ということです。




人間というものは、自分の作った「心の壁」に囲まれた中で

生きているようです。


「自分はこういう人間だ、世の中とはこういうもんだ、あいつはこういう人間だ、

 これは自分にはできない、これは良いがアレは駄目だ、・・・・」


こうした自分の思いに従って自分の日々の選択、行動は決められているのですね。



「限界破り」


とは、「自分の思い」を点検して、新しい思いに切り替えて、

新しい思考、行動パターンを自分で作っていこうとするものです。

それによって

自分の人生を切り開く・・・。


 ― 今、こういうことが非常に容易にできるようになった。


そう感じているのです。




 ― 人生は、言葉、思考によって作られる

ということを、わたしは信じますね。




ありがとうございます。









  

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2012年04月27日

お金好きですか?

先日、知り合いのある方から、

おもしろい話をお聞きしました。

要点を書きますね。



この世の中は本来が 「与え尽くし合い」 の世界なんだそうです。

与えたものだけが与え返される世界。

その法則は今も厳然と働いている。



「お金のために働いているんだよ・・・。」

とは、よく聞くせりふですが、

実は、お金そのものには、価値はないのだそうです。

お金は、運び屋さんみたいなもの。

何を運ぶの?  ―  「人の思い、人の働き」



たとえば、

ある人が、しっかりと仕事をして、人々を幸せにしたとします。

その仕事の価値が、仮に 10万円 だとして、

何かの事情で、その仕事の報酬として、たったの 1円 しかもらわなかった・・・。


たとえそんなことになっても、

残りの 9万9千円何がしのお金は、どんなかたちであれ

かならず そのひとに回ってくる。

そのひとはかならず残りの金額相当のものを手にいれるのだそうです。

そして、その残金分にはたっぷりと 「幸せ」 というプラスがくっついてくるのだと・・・。



 ― 自分が与えたものだけが返ってくる


厳然たる法則なんだそうです。

そのお金にくっつけたプラス(幸せ、喜び、感謝)かマイナス(不幸、怒り、悲しみ)だけが戻ってくる・・・。



「人を幸せにしよう、人を助けよう」

その心で仕事をした報酬は「幸せ」というプラスをくっつけて自分に

もどって来る・・・。

金額には関係ないんだそうです。



繰り返しになるようですが、

仮に、一億円ほどにもなるプラスの仕事をして、

1,000万円しか報酬がなかったとしても

残りの9000万円分のプラス、幸せは必ずその人に与えられる。

その点は絶対に心配はない・・・。



こんな意味のお話でしたね。



これが真理であるかどうかは、

ご自分で確かめるべきことなんでしょうね。


ただ、お金の高を気にかける前に、


 ― 自分が何を与えてきたか?

 ― 何を与えるか?


最優先に考えるべきは、このことであることは

間違いないのでしょうね。



ありがとうございます。




  

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2012年04月26日

心を向ける、何に?

人間は、
心を向け続けたものに、同化するらしい・・・。
そして、
ついにそのものになる・・・。


ほんとうの神さまは、新たなる無限の無限の幸せが無限に無限に一杯!
                           
             新たなる無限の無限の喜びが無限に無限に一杯!
             
             新たなる無限の無限の安らぎが無限に無限に一杯!
             
             ・・・・・

これが本当の神さま!!


だとすれば、

いつも幸せに生きていたいと思うならば、

本当の神さまに心を向けていないといけませんね。



本当の神さまに心を向けるとは、神さまの御心に自分の心の波長を

合わせるということ・・・。


好きなラジオ番組を聴きたければ、その番組の周波数に

ダイヤルをまわして波長を合わせるように・・・。




本当の神さまの御心に波長を合わせる為に必要な要素を

リストにしてみましょう。


1.  感謝する

2.  底抜けに明るく

3.  楽天的・楽観的に

4・  喜び勇んで

5.  徹底したプラス思考で

6.  前進!前進!

7・  どこまでも謙虚に

8.  神さまに素直に

9.  全体に気配りを

10. 全責任を持つ

11. 真剣に

12. 全力を尽す

13. 限界を破る

14. スピード化

15. 能力を高める

16. 働きを大きくする

17. 与え尽す

18. 仲良く助け合い・補い合う

19. 調和を図る

20. 新たに!新たに!


いかがですか?

リストを一読しただけでも、何かちょっと勇気と元気が出て来た!

そんな感じがしませんか?

それこそ、神さまの御心と波長が合った証拠ですね。


何度か繰り返して読めば、

もっとはっきりそれが分かると思いますよ。



日々明るく元気に生きられる!



神さまのお陰・恩恵はそれ以外には無いのかもしれません。




ありがとうございます。



  

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2012年04月24日

徳ついて

 ― 徳

という言葉があります。

 ― 人徳

とも言いますね。



「あの人の人徳だね・・・。」

「流石、徳人だ。」

「きっと、ご先祖のお徳のお陰だろうなあ・・・。」



こんな言葉を日常に聞くことがありますね。

そして、なんとなく頷いて納得したりしています・・・。



日本人は、この 「徳」 という言葉がなんだか知らないが、好きらしい・・・。

日本人の本来性は、

 ― 大自然と共に生きる。大自然の促しのままに生きる。

ことだと思うので、

理屈でなく、「徳」ということがわかるんでしょうねえ。

 

「徳」というのは、

言い換えれば、

 ― 無為にして化す

ということでしょうか。

「見た目には何もやっていないのに、その人がいるだけで
 周囲に様々な影響や恩恵がもたらされる。」

そんな意味か、と思うのですが、これを「徳」の現れとみていいのでしょうね。



方鑑学では、

 ― 方徳を積む

などと言いますね。 吉の方位を使うことによって、その方位の事象通りの

恩恵をいただくこと。 そういう「方位の徳」を身に付けることを意味するようですね。


たとえば、大吉の方位に移転するとですね、

まあ、二、三年でその兆候がはっきりとでてきますね。


まず、お付き合いする人が変わってくる。

使った大吉方位の九星を本命にもつ人が自分の前にどんどん出てくるんですよ。

そして、その人たちととても良いお付き合いができる・・・。


自分は何も特別なことをしていないのに、

周囲の、自分に対する評価が違ってくる・・・。

「無為にして化す」

ようなことが起こって来るんですねえ。



方位の活用によって徳を積む人もいれば、

ひたすら陰徳を積むことで、その人徳を高める人も有る。


前世の徳をたっぷりいただいて生まれてくる人も有る。

そういう人は、だいたい幸せな人生を送れるようですね。


生年月日を鑑定すれば、

その人がどんな徳を持って生まれてきたか、だいたいわかりますし、

また、欠点、弱点もだいたいでてきますね。


人は、

誰でも前世の因縁を持って生まれてくるわけで、

「徳」といっしょに 多少の「業(ごう)」も背負って

くるわけです。

ですから、人生は人により千差万別なんですね。



誰でも「徳」をもって生まれてくるのでしょう。

その「徳」の種類も大きさも人それぞれまったく違うのですね。

前世の因縁がみなちがうから・・・。



自分の生き方次第で、徳を増すことも、減らすことできるのだと思います。

その気になれば、そのための方法はいくらでも見つけられましょう。



岡潔(おかきよし)さんという有名な数学者がいらっしゃいましたね。

あの方が、叙勲の時のインタビューで、

「超一流の数学者になれた最大の要因は?」

とたずねられたとき、

こうお答えになったそうです。

「祖父から躾けられた 『常に人様を先にするように・・・。』 という教えを

 ずうーっと一貫して守ってきたことだと思う。」



「利己心」よりも、「利他心」にこころする。

いいかえると、

 ― 自分さておき、人さんを・・・。

となりますが、

自分の徳を高めるとても大切な信条であることは

間違いなさそうですね。



ありがとうございます。





  

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2012年04月22日

印鑑

もうほぼ30年ほども前の話ですけど、

わたしは、30代半ばで、ある中小企業の海外営業部門で働いてまして、

結構忙しかったですね。

海外出張なんかもたびたびありました・・・。



その頃、

すでに、易や方位その他の占い関係には興味をもっていたのですね。



時間ができると、土曜日など休日には、よく神田の本屋街を歩いて

面白い本を見つけるのが楽しみだったのです。



ある時、

例によって、神田の本屋街を見て回っていて、

「印相」の本を見つけたのですねえ。


それは、「印相」の解説書ではなくて、あるハンコ屋さんの半生を

綴ったドキュメンタリーのような本だったんです。


そのハンコ屋さんの名前は、日光堂「小林茂」。


小林さんは、甲府出身で、終戦戦後東京に出て、ハンコ屋を始めたんです。

ハンコの仕事をしていくうちに、

 

 ― 人生の運不運とハンコこには密接な関係がある



ということに気がついたそうです。


で、

以来、そのなぞを探るべく独自の研究を開始したのです。



たとえば、

街で、火事が起きる。

すると、小林さんは、じぶんのノートを持参して、

その被害者をたずねて、印影をもらったきてその印相を調べる・・・。

そういうことをずーと続けるわけです。



そうした努力の果てに、小林茂独自の印相学打ち立てるのですね。



わたしは、もう会たくなりましてねえ。

ちょうど印鑑も三文判が一個しかなかったので、

実印を作ってもらおうと思って、訪ねていきましたよ・・・。



お会いした当時、小林茂さんは、すでに80歳を越えていましたね。



日光堂の場所は、東京都文京区春日2丁目。



今もありますよ。たぶんご子息が後を継いでいらっしゃるのでしょうね。

ネットで検索すればでてきます。住所と電話番号だけですけど・・・。



日光堂は、つまり小林茂さんは、実は凄い方でね。

その印鑑は、


 ― 幸福の印鑑 「日光堂」


がうわさになって口コミで知られていったんですね。


名前をあげればびっくりするような人たちが、小林さんの印鑑を使っていますねえ。

宮家の方々や、旧華族の方たちのなかにも、かなりいっらしゃるようです。




日光堂にうかがって驚いたのは、

大通りからちょっと奥まった住宅街の一角にあって、

普通のお宅なんですね。



普通の玄関から入って、

奥の書斎みたいなところに小林さんがすわってらした。



おねがいして、わたしの名前を見てもらいました。




「あなたの名前は『陽』だからね、『陰』の材質でハンコつくるのがいいんだね・・・。

 陰陽調和させるの。あなたが『陽』の材質のハンコ持つとね、

 強すぎちゃうんだねえ・・・。」




そのときのことで、覚えているんですが、

わたしの前のお客さんは、中年の女性だったんですね。その方が、



「ハンコを4個、か5個つくってほしい。

 銀行印、実印、三文判にあとは・・・。」なんて言ったんです。

そうしたら、

小林さんは、

「あんたね、ハンコは食べ物じゃないんだから、そんなにいらないよ。

 三文判と実印でたくさんだよ。」

と言ってけらけら笑ったのを面白く記憶しています。



小林さんは、ほんとに小柄なニコニコした、

かわいいおじいちゃんといいたいような方でしたね・・・。


メモ用紙なんか、新聞広告の裏を使っていて、

そこに鑑定事項を書いてくれました。


「物は大切にしなくちゃいけません」って言って・・・。


明治の人でしたねえ・・・。



今も、その印鑑を、わたしはありがたく使わせていただいています。

その印鑑をつかうとき、

いつも、小林茂さんを

なつかく思い出すのですね。




ありがとうございます。
  

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2012年04月20日

袴(はかま)

最近、テレビで本木雅弘さん と 宮沢りえさん が出る

緑茶のコマーシャルをよく見かけますね。

本木雅弘さんが袴姿で出てきます。



実は、あの袴姿が日本の男子の正装なんだそうですね。

つまり、
着物を着て、白足袋に、袴をつけて、白扇をもった姿。



袴姿というものは、きちっとしてとても美しいものですね。



見た目はきちんとして、ちょっとかしこまった感じがしますが、

実際の着心地はとてもくつろいだ感じがして、よいものですよ。



腹と腰は、帯と袴の紐できちっと結ばれているので

しっかりと引き締まっているのですが、

上半身は非常にゆったりとした感じがします。


また、足裁きもとても自由で伸び伸びとしていますし、

かなり激しく動いても、

着崩れしないというか、目立たないというか、

とても機能的に出来てるんですね。



「縦横十文字」っていいますが、「横縦十文字」とは言わないですね。



物事何でも、まず「縦の筋」をピシッと整えると

その後が、すっと行く・・・。

そんな気がしますね。



服をたたむときは、皆さんそうするでしょうが、

わたしも、袴をたたむときは、

まず一番上の部分、腰幅っていいますけど、

ここを持って

上下にかるく、ポン々と振るんです。



「袴を立てる」って、わたしは自分で勝手に言ってるんですけどね。

縦の筋をまず整えるという謂いです。

それから、

横に寝かして、しわを伸ばしながら形を整えていくんですね。

そうすると

すんなり

きれいにたためるんですね。



大自然においては、「天」 と 「地」 の位置関係って

絶対的にはっきりしていますね。



以前、毛筆で字を書かなければならない事があったのです。

何も知らんものですからね、

まるで、鉛筆で字を書くようにやったんです・・・。



傍らで見ていた方が、そっと教えてくれました。

「毛筆は、筆を垂直にピッと立てて書くのですよ。」

って。



そのとおりにして書いてみてびっくりしたのですが、

それだけで、

字がまるっきり違っちゃうんですよ。

下手ながら、それらしくなるんですねえ。



親子、夫婦、師弟、上司部下、先輩後輩、長幼の序、・・・。

こうした関係も、

「縦筋の関係」ということになると思うのですね。



そして、

昔の日本人は、このことを非常に重く見て、

うるさく注意したのです。



欧米的な、自由主義、能力主義にならされた現代日本人には

大いに抵抗があるとおもわれますが、



能力や人格のいかんにかかわらず、

とにかくも

相手の位置関係に従って

 ― 相手をお立てする。



こういう筋目をたがえない心遣いというものが

実は、人生においてとても大きな力を秘めているのかもしれませんね。



言葉足らず、力量不足で意図するところを上手くお伝えできないのですが、



この辺のことを

もう一度見直して

整えることは、大いに意味があることだ思うのです。




ありがとうございます。







  

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2012年04月18日

日本の美

先の日曜日は、
自宅近くのファミレスで朝食しました。

お店に読売新聞があったので、コーヒー飲みながら
ざーっと眼を通していましたらね、

「著者来店」

とかいうコラムがあって、

そこに、壇れい という女優さんが出した本の記事があったんですね。


書名は、

「檀れいの 今残しておきたい、日本の美しいものたち

 ~手わざ恋々和美巡り~ [単行本(ソフトカバー)] 」

(講談社、 ¥1、500)


そもそもは、壇れいさんがあるテレビ番組へ出演したのが

きっかけだそうです。


その番組で、彼女が全国を歩いて、

焼き物、塗り物、和紙、和菓子など昔から受け継がれた様々な

手仕事の職人さんを訪ねたときの記録がこの本になったということですね。



もともと彼女は、

日本の昔からの職人芸などに関心があったようですね。

その記事の中で、

「こだわって物を作っている気構えや姿勢をすごく尊敬していたし、

 ひかれていたんです・・・。」 

と語っています。



昔からの伝統を受け継いだ優れた文化が

今の日本にも脈々と生きているのですねえ。うれしいことです。



以前にもご紹介しましたが、

渡辺京二という人が書いた

 ― 逝きし世の面影

という本があります。

幕末から明治の日本を、当時の外国人が見聞した記録を

まとめたものですが、

とても興味尽きないおもしろい内容です。


その中で、

当時、日本の職人があらゆる物を作っていたわけですが、

特に日用品、たとえば食器類にしても、

その出来栄えのすばらしさに外国人が驚嘆しているのですねえ。

まさに「芸術品だ!」と言って・・・。

そして、そういった逸品が

あきれるような廉価で、無造作に店先に置かれている

その有様に、もっとびっくりしているわけです。



「日本の美」はもちろんこうした伝統芸に十分現れていますが、


日本人の本来的な「気質」の中に、


 ― 「利」というものを度外視しても、良いものを作ろうとする心。

    最上のものをつくろうとして

    全身全霊をこめてその仕事に打ち込んでいく心意気。


といったものがあるのでしょうねえ。

「日本の美」とは、実に、そういった気質のことではないのかなあ・・・。



わたしたち、現代の日本人も、こうした伝統芸術を通して、

祖先の残した

 ― 「美しい気質」

を感じ取って、すこしでも、自分たちの日常の仕事や、人生に生かしていくようになれば、

 ― 古き良き日本

が、また新しい装いのもとに甦る日も

そう遠い話ではないのではないか、と思うのです。




ありがとうございます。
















  

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2012年04月16日

陽気はつくるもの

平成24年も、もう四月。速いですねえ。


今月は、九星では「三碧(さんぺき)」の月なんです。

そういえば、今月11日に東南アジアのスマトラ辺りで
大きな地震がありましたね。

大きな割には、津波も被害も小さいようで、「不幸中の幸い」
といってもいいでしょうか・・・。


九星の三碧は、易経では、「震(しん)」といいます。地震の「震」ですね。

易象(えきしょう、易の卦の形)は、下図のようになります。

   ―   ―  (陰)
   ―   ―  (陰) 
   ――――   (陽)

この 震 つまり、三碧 というのは、方位の東をあらわします。

東(震、三碧)といえば、

   朝、明るい、新しい、新しいこと、元気、若い、前進・・・

   長男、   

   春、青色、躍動・・・

   植物、樹木(根が有るもの)、

   雷、電気、地震、びっくりする(でも結果はそれほどでもない)・・・

まあ、こんな事象、イメージがあるのですね。



ですから、今月は上記のような事象が現実の世界に起こってくるという

暗示があるわけです。



一般的なお話ですけど、今月、三碧の月は、

そんなわけで、

「気持ちも元気が出てきて、何か行動したい、新しいことをはじめたい」

という気分になってくるんですね。

世間でも、そんなニュースを見聞きするようになる・・・。


こういう時期は、

 ― 元気をだそう! 自分の性格をいっそう「陽気」にしよう!

なんて気持ちになるし、又そうすることが大変にいいことなんですね。



ちょっと、またまた能天気な話をします。

わたしは、近々この世界はすばらしい時代を迎える と思っているのです。
もう目前に迫っていると・・・。

現実の世界を見れば、「とんでもない」ということになりますねえ。
でも、
これは、「長い過去からの膿が出てきているんだ」

思って見ています。

まあ、もう少しの間、この「膿の期間」は続くのでしょうが、
それは
やむを得ません、なんせ何千年も溜まり重なった膿ですからねえ・・・。


で、

こうした大変な時期を乗り切る秘訣は、

 ― 陽気

だと思うのですね。

「天」の善意を心底から信じ、自分を信じ、人様には思いやりをもって、

今に生きる。

自分をいっそう陽気につくりかえていく・・・。

こうして生きていけば、きっとすばらしい時代を皆さんとともに

喜びの内に迎えられると信じます。



易の真髄は、

 ― 陰 と 陽 の循環です。

   この世はその循環の中にある。朝の来ない夜はない。

ということだと思います。



勝海舟が、この辺の消息を見事に簡潔に言ってますね。

 ― 良い時におごらず、悪い時に挫けないことさ。

って。


最後に、易学的な面から少しご注意を・・・。

人間、運勢の良い時期と悪い時期があります。

注意が肝要なのは、運勢の良い時のようです。

この時期は、往々にして


1.気分が良くなっていい気になる。気がゆるむ。

  怠り勝ち。油断。

2.好機なのに、慎重さが過ぎて行動しない。
  
  思い切って動かない。

  
となりがちですねえ。

とくに、2.に注意が必要かと・・・。


人生は、基本的には

勇気を持って積極的に生きるもののようですよ。



ありがとうございます。  

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2012年04月14日

人生に無駄はない

確か平成12年だと思いますけど、

わたしは呼吸法を習い始めたんですね。

 ― 正心調息法(せいしんちょうそくほう)

っていうんです。


医師の塩谷信男先生がお始めになったものです。

先生は、2008年3月14日に105歳で亡くなられました。

(今、気がつきましたが、本日は先生の月命日でしたね。)



すでに先生の書籍を何冊か読んでいて、

その哲学に感銘していたので、いつか習いたいなあ、と思っていたのです。



すでに故人のKさんという方が毎月講習会を

なさっていたので、「これだ!」と思い、

その会に2年くらい通いましたね。




そして、この正心調息法は、今も毎日ではありませんが、やっていますよ。

まあ、断続的とはいえ、10年以上も続けていると、

すでに身についているのでしょうねえ。

極自然にできるし、終わった後はとても気持ちがいいですね。

おすすめですよ、正心調息法は・・・。



その塩谷先生が、講演でも、そのご本でも

必ず言われたのが、

「正心」ということですね。

先生の言われる「正心」とは、「正しい心の使い方」ということです。



それは、

1.前向きに物事を考える。

2.感謝の心を忘れない。

3.愚痴をこぼさない。

この三つですね。



これはとてもシンプルですけど、実に大事なことですねえ。

呼吸法は「心の工夫」を伴わないと完全とはいえません。


でも、

上記の三つの「正しい心の使い方」はこれだけを

実践しても必ず良い結果を生みますよ。



わたしは、自分の実践経験から、

塩谷先生の「正心調息法」はピカ一だと思っています。



先生の「正心」の三項目のなかで、

わたしは、特に

 ― 第三番目の「愚痴をこぼさないこと」

には、千金の重みを感じるのですね。


わたしは、近頃よく

 ― 人間というものは 本来「損をする」ということは無んだ

と思うようになったんですね。



そのへんのことを、塩谷先生は


 「世の中には、自分にとって無駄なことはないものだ。

  損になることでも、害になることでも、苦しまされることでも、

  じっくり見つめて考えると、そこから得られることのうちには、

  必ず学ぶべきこと、為になること、参考になることがあるものだ。

  繰り返して言うが、人生には無駄はない。」


と言っておられるんですねえ。

なんと積極的な言葉ではありませんか。



先生はまた、

 ― 心の使い方一つで人の一生は大きく変わる。

   健康も寿命も、

   身の周りに起こる百般の事象も。

ともおっしゃっているんです。



わたし自身、自分の人生の通り越しを振り返りながら

この先生の言葉が「本当にそうだなあ・・・。」と

胸に沁みる今日この頃です・・・。




ありがとうございます。






  

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2012年04月10日

Zackyのおばあちゃん

Zackyの子供時代は幸せでしたね。
今思い出してもそう思います。

ちょうど、映画「三丁目の・・・」 のころですね。

東京は葛飾、柴又のすぐ近くです。



わたしの父は、皮靴の上の部分、「足の甲」といいますが、

その靴の「甲」の部分を、デザインして、製造する、職人だったんですね。

ですから、一日中家の仕事場にいるし、母も一緒に手伝っている・・・。
それに、
お弟子さんのお兄さんが2,3人いたなあ・・・。

そこに、4人の兄弟と、明治14年(西暦1882年)生まれのおばあちゃん。

で、
わたしの家の向かい側は、伯父さんの家。男の子供が4人、女の子が一人。



決して生活は豊かではなかったけど、
みんな元気で、陽気だったような印象だけが残っていますねえ。



東京だけど、
川の近くで土手や、原っぱ、田んぼ、畑がいっぱいある田舎でしたよ。

わたしなんか、外で遊ぶのが楽しくてね。

親に泣いて頼んだの。

「なんでも言うこと聞くから、幼稚園にいかせないで・・・。」

って。そして、遊びまわってましたね。




Zackyのおばあちゃんは、明治14年(1881年)12月生まれで、95歳まで生きました。

「明治の気骨」が服を着ているようなおばあちゃんでしたね。

文盲で、読み書きが出来なかったんですよ。

でも

戦前まで、
浅草で結構大きな問屋さんをおじいちゃんと切り盛りしていたっていつも
話していました・・・。




おばあちゃんは、
いつも気持ちのシャンとしている人でしたねえ。

ほんと「明治生まれ」の典型。

こまごまと口うるさいけど、でも情があって・・・。

朝晩、お仏壇にお経をあげる。
朝10時に髪をとかす。
夕飯に日本酒を一杯よばれる。
・・・

こういう生活の「決め」をもっていましたね。
その姿を毎日見ながら、
子供心にも「偉いなあ」と思いましたねえ。


おばあちゃんは、明治人特有のがんこさがありましたよ。
それは、
孫のわたしとしてはいただけないものでしたけど、

そこには何ともいえない愛嬌もあるんですねえ。



あるとき、ガムを飴と間違えて、口に入れた・・・。

気がついたときはもう遅かったみたいでねえ、
ブーブー言いながら
小型ナイフで、
入れ歯にくっついたガムをはがしていたのを覚えています。

傍で見ていて、なんとも可笑しかったですよ。



父をはじめ、家族みんな、そして家のまえの伯父さんの家族、

みんながおばあちゃんを大事にしていましたね。



おばあちゃんがいるだけで、なんか安心なんです。
いるだけで・・・。

そして、父、母、兄弟、伯父、伯母、従兄弟たち

その人たちがいつも一緒にいる・・・。




 ― 大家族が一緒に暮らす


これは、むかしの日本の「家族の在り方」ですが、


その良いところを

今改めて

振り返り、見直すことは決して無駄ではない。

と思うのですが・・・・。




ありがとうございます。





  

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2012年04月06日

方位と就職

人生において


 ― 働きたいのに仕事がない とか 失業する


ってのはつらいものですよ。



恥を晒しますけどね、
わたしも中年まではさんざんでしたね・・・。

20代前半に勤めた会社が5年で倒産。

その次に、30歳で入った会社が、またまた5年で倒産。

その次に入った会社は、社長に嫌われてクビです。



これらの事を後で振り返ってみたんですけどね。

すべてが、方鑑学でいうところの西南の大凶方位、

つまり西南方位の「歳破」「月破」「本命的殺」などを犯していたんですよ。



方位のことは、十代のころから知ってはいましたがね。

やはり、若いからでしょう、

 ― 「俺は自分の力でやってやる!」

そういう思いが強かったですねえ。

ですから、あえて方位を無視していたんです・・・。

「未熟な若さ」ですね。



こうした倒産やクビを経験して、

どうにもならなくなって、

やっと方位学に真剣に向き合おうって気になったんですね。


そして


今勤めている会社はもう20年になります。

大吉方位で入った会社です・・・。

もちろん、この間いろいろなことがありましたけど、

おかげさまで、今は日々しあわせに勤めさせていただいています。



この大吉方位への就職と、その後の二度の吉方位移転が

わたしにとっての、

大きな人生の転機であったなあ、と今でも思いますね。



世の中、いろいろな主義、信条、考え方の人がいらっしゃるわけですから、

生き方も千差万別です。



ですから、「方位万能」なんていうつもりは毛頭ありませんが、

もし、人生問題でお困りであったり、行き詰っていられるような方に

出会うようなことがあると、



ささやかですが、わたしは自分の体験をお話して、

「方位は効くよ・・・。」って言って

その活用をお勧めするんですねえ。


あくまでも、ひとつの方法として、

「試してみてはいかがですか?」

ということなんですけど・・・。



今、あなたが何かの人生問題に悩んでいられたなら、

「だめでもともと・・・」

とおもって、

一度方鑑学(慶友会)の門をたたいてみることをお勧めします。

決して損はないと思いますよ。




ありがとうございます。






  

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2012年04月01日

機を見るに敏

昨日は土曜日。

ユックリ起き出して、
遅い朝ごはんをいただきました。

ですが、
その食卓についたとたんに
ふっと思わされましてね。

 ― 先に外の用事を済ませておこう。

と。


それで、
朝食に手をつけずに、
すぐに出かけました。


自宅の近所でどうしても今日中に済ませておかないといけない用事が
二、三有ったのですね。

歩いて済む範囲でしたから、
30分くらいで全部かたずきました。

すごい強風の中を
歩いてまわって、
でも
雨が降ってませんでしたから、その点助かりましたね。


有難かったのは、
用事が済んで、家の玄関前まできたところで
ドバーっと雨が降り出してきたんです。


朝食をいただきながら思いました。


「さっき、ふっと思わされたときに
 すぐに
 うごいたのがよかったねえ(^-^)!」




「易経」に基ずいた占いを 「易占」 といいますね。

細い竹の棒50本、これを「筮竹(ぜいちく)」といいますが、

それと「算木」という小さい角材六個を使って行う占いです。



易占というのは、

 ― 当たるも八卦、当たらぬも八卦

などといって、世間様から
少し嘲笑気味に扱われているようなところもありますが、


易占というのは、奥の深いすごい占術なんですよ・・・。

それだけに、お手軽じゃありませんし、
しっかりとした勉強と、実占の訓練が必要です。


わたしなんか、「その分にあらず」 とわかりましたから、
もう
大分前に易占はやめちゃってます。

もうちょっと
勉強してから、再挑戦とは思っておりますが・・・。



さて、



易占の眼目とするところの一つはですね、

 ― 機を見る

ということなんです。


人生を一本の線に例えると、
その一瞬一瞬は
 
 ― 無数の点

と見なすことができますね。
 

その点のそれぞれは、
互いに
無限の関連性をもって影響し、反応し合っているのですねえ。


点のなかには他の点や、全体に非常に大きな影響力をもっているものがあるわけです。


易では、これを

 ― 機(幾)

といって、大変に重視するのですね。


人生の成功も、失敗も、皆この「機」によって成るのです。



「機を見るに敏」


という言葉がありますが、

易占の大事な目的は、この「機」を知ること。

「機」の最初の非常に微妙な動きを捉えようとするのですね。


非常に早い段階でその「機」を知って
その時期を効果的に活用しようというのです。
商売などで「商機を逸するな!」なんてよくいいますね。


ですから、

易占の鉄則は、「初筮」ということです。

易経自身が、その「山水蒙(さんすいもう)」という卦の中で、

 ― 初筮には告ぐ。再三すれば瀆(けが)る。瀆(けが)るれば告げず。

と言っています。

「易占は最初の一回だけ。同じことを何度も占っちゃいけないよ。そんなことしたら
 正解はでないよ。」

と警告しているんです。

「機」を見ようとする「易占」としては当然のお話ですね。

古来、易占家は、その占おうとする時を

 ― 占幾

といって、とても重んじてきたのですねえ。




さて、「易占」は、誰もがおいそれとはできるものではありません。

現代においては、それに代わるひとつの優れた方法があります。

それが


 ― 方鑑学


です。

方鑑学とは、人生の大局に立って、この「機」を捉えようとする優れた学問なんです。




もうひとつあります。だれもがすぐにでも実践できる有効な方法。

そのヒントは、

冒頭に挙げたわたしの昨日のお話です。


 ― 「ふっと」思わされた


ってありますね。あれです。



実は、だれでも持ち合わせているあの「第六感」のようなものです。


もし、生活の中で、

「ふっと」思わされたことがあったら、

もう一度冷静にそれを考えて、

「よし」となったら、
それをすばやく実行に移してみること・・・。

この能力を鍛えること。


これこそ、現代の「易占」といっていいのかな、
とわたしは思っているのですねえ。




ありがとうございます。











  

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